原千晶のケース!子宮頸がんのステージや症状!癌になる原因は?

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子宮がんを2回患った、原千晶さん。最初は、30歳の時。2回目は、35歳の時。2回目のがんが発覚した時、原千晶さんは、結婚を考えている男性と交際していました。原千晶さんを襲った子宮頸がんは、どのようなものだったのでしょうか?ステージや症状は、どうだったのでしょうか?

最初の子宮頸がんはステージ1a!医師からは子宮の摘出を勧められる

最初の異変を感じた症状は、経血量の増加でした。また、おりものの色が、おかしくなり、差し込むような腹痛が続いたと、原千晶さんは、明かしています。

そうした状態が3ヶ月ほど続き、原千晶さんは、近所のクリニックに行きます。そこで、子宮頸部に腫瘍が出来ている事を指摘され、大きな病院に行くよう、勧められました。

都内の大学病院では、円錐切除術を受ける事になります。子宮頸部の円錐切除術は、子宮頸部を円錐形に切り取る手術で、病変の程度や広がりを調べる診断目的を兼ねて、行われる治療です。

病理検査の結果、子宮頸がんで、ステージ1aである事が告げられます。主治医からは、再発や転移を防ぐために、子宮の摘出を勧められました。

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悩んだ末に子宮の温存を選ぶ!術後2年を過ぎた頃から通院をやめてしまう

原千晶さんは、当時、30歳。癌だったという事実よりも、子宮がなくなる事や子供が産めなくなる事の方が、ショックで、涙が止まらなかったと言います。一旦は、手術を受ける事を決意しますが、日が経つにつれて決心が鈍り、悩んだ末、子宮を温存する事を選びます。

子宮を温存する代わりに、月に1度、必ず検査を受ける事になりました。術後、2年ほどは、毎月、通院。不正出血があっても、検査で異常が無いと確認される事が続き、次第に、「こんなに元気だし、結果はいつも同じなのに、どうして毎月行かなくちゃならないの?」と思い始め、通院をやめてしまいました。

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術後5年目の異変!腺がんでステージは3だった

通院をやめて、3年ほど経った頃、経血量が急増しました。最初の異変が起こった時よりも、はるかに多い量でした。また、無色透明のサラサラしたおりものが、大量に出ました。

尿漏れを疑う症状だったと言います。都内の有名ながん専門病院に行ったところ、内診するなり、医師が「手術はできる、かな…」と口走り、戦慄が走ったと、原千晶さんは語っています。

子宮頸がんと体がんの併発。しかも、予後の悪い腺がんでした。ステージは3。他の病院で手術は受ける事にし、術式は、準広汎子宮摘出術が採用されました。卵巣や卵管の状態を、医師が目で確認したうえで、大丈夫であれば温存するという方針のもとに、決定された術式です。

結果的に、卵巣や卵管は温存されました。3週間の入院後、原千晶さんは、抗がん薬治療を6クール受けています。

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今回のまとめ

子宮がんを2回患った、原千晶さん。子宮頸部の円錐切除術を受けた後、がんと判明し、子宮の摘出を医師から勧められます。子宮がなくなる事にショックを受けた原千晶さんは、子宮を温存する治療を望み、2年ほど通院を続けます。

通院をやめた間に、状態は悪化。異変を感じて、病院を受診した時には、子宮頸がんと体がんを併発した、腺がんのステージ3になっていました。原千晶さんは、手術の後に抗がん薬治療を受けています。

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