子宮がんを公表した芸能人や有名人は?

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女性のシンボルとも言うべき子宮を、失いかねない病気が、子宮がんです。がんの中では、手術がうまく行けば、治る確率が高い方ですが、心理的なショックの大きな病気です。そんな子宮がんを公表した芸能人や有名人には、どのような人がいるでしょうか?

イメージとのギャップを事務所から指摘されて傷ついた和田アキ子

和田アキ子さんも、子宮がんを公表した芸能人の1人です。公表は、1981年。和田アキ子さん、31歳の時です。再婚から、わずか1ヶ月の夏。治療のために、子宮を全摘出しました。子供が産めない体になった事に悩み、旦那に「別れてちょうだい。女としてのあれがないから。」と、切り出したそうです。

それがきっかけで、夫婦の絆は、一層深まりました。しかし、事務所からは、子供が産めないと悩んでいる事に対して、「男勝りなイメージで売っているのに、女みたいだ」と言われ、傷ついたと言います。事務所は、当初、子宮筋腫と公表しようと考えていたそうです。子宮筋腫では、子宮を全摘出する事は、ほぼあり得ないため、子宮がんを公表したそうです。

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2度も子宮がんを患った原千晶

子宮がんには、子宮頸がんと子宮体がんの2種類があります。その両方を患ってしまった芸能人が、原千晶さんです。最初に患ったのは、子宮頸がん。原千晶さん、30歳の時です。重い月経での腹痛と不正出血で、病院を受診したところ、子宮の頸部に出来物ができている事が分かり、手術。後日、がんだったと知らされます。

この時、「悪いものが残っているかもしれないので、子宮を全部とった方が」と、医師には言われたそうです。がんについて、深く考える年齢でなかった事もあり、そのままにしていたと、原千晶さんは語っています。

受診を次第にサボるようになった、5年後。急に体調が悪くなり、受診したところ、「どうして、こんなになるまで放っておいたの?」と言われ、命に関わる状態だと悟ったと言います。2度目は、抗がん剤を使ったので、外見も変わり、苦労したと語っています。

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手術を2回受ける羽目になった古村比呂

古村比呂さんの子宮がんが見つかったのは、たまたま受けた、がん検査がきっかけでした。撮影の仕事で海外へ行く際に、腹痛の薬を貰おうと、婦人科を受診。がんの検査を勧められ、軽い気持ちで受けたところ、子宮頸部上皮内がんが判明します。翌月、切除手術を受けます。

しかし、その後も、進行が続き、1回目の手術の1ヶ月後に、2回目の手術を受けます。広汎子宮全摘出術でした。手術前には、「子宮が無くなったら、女性じゃなくなってしまう」と悩んだと言います。2回目の手術の1年後、がん闘病の後遺症として、下肢リンパ浮腫を発症。足が腫れ上がったそうです。

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今回のまとめ

子宮がんは、がんの中では、治る確率が高い方とされています。ただし、手術によって、子宮を失う事が多く、女性は、手術を受ける決心をするまでに、深く悩みます。子宮がんを公表した芸能人たちも、子宮を失う事に悩み、家族に支えられて決心し、闘病生活を経て、日常生活を取り戻しています。

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